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60年の時を超えて 「たま電気自動車」再生完了

2010.07.09(金)

日産自動車の塚原です。

先日の6月26日(土)日産自動車のテクニカルセンターで、あるセレモニーが行われました。

そのセレモニーとは「たま電気自動車」の再生完了式。

左からハイパーミニ、たま電気自動車、リーフ。たま電気自動車再生完了を記念して。
左からハイパーミニ、たま電気自動車、リーフ。たま電気自動車再生完了を記念して。

「たま電気自動車」は、後に日産と合併することになるプリンス自動車の前身、東京電気自動車によって作られた電気自動車です。

いまから63年前、1947年に生産されました。当時は終戦直後、ガソリンの値段は高く、また電気があまっていたため、電気自動車は非常に人気があったそう。日本で石油供給が安定しはじめた1950年まで生産されていました。


その「たま」が、リーフが登場する今年にあわせ、約60年ぶりに当時の姿のまま走り始めました。

3台の電気自動車が走っていますが、どのクルマも排気ガスゼロ。とても静かです。歓声や拍手、笑い声ばかりが聞こえてきます。

「たま電気自動車」再生の腕を振るったのが、社内サークルの「日産名車再生サークル」。
有志が集まり、日産自動車に伝わる歴代の名車たちを、当時の姿、部品のまま走れるように整備することを目的に活動しているサークルです。これまでも数々の名車たちが、このサークルにより復活してきました。

たま電気自動車 資料
当時の図面をもとに電気自動車を再現


「たま電気自動車」を再生するにあたり、単に走れるようにしただけではなく、時代考証も鑑みて作業を行ったそう。たとえば、電気自動車に使用されているネジも当時と同じものを使用しようとしたところ、現在はすでに製造が中止されているマイナスネジが大量に使われていることが判明。そのため、新たにネジを注文したとのこと。


また、この「たま」の再生にあたって、モーターの部分は当時、モーターを製作していた日立製作所に依頼し、分解をお願いしました。


たま電気自動車設計者 田中次郎さん(左)と日産リーフ開発責任者門田英稔
たま電気自動車設計者 田中次郎さん(左)と日産リーフ開発責任者門田英稔

こちらは、たま電気自動車設計者 田中次郎さん。かつての航空機製造に携わっていたエンジニアたちの多くは、戦後その技術力を生かして自動車開発を行いました。田中さんもその一人。1917年生まれの田中さんは、その当時のことを鮮明にスピーチしてくださり、設計者としてたま電気自動車を"承認"いただきました。


当時、東京全体で800台しか自動車がなかった時代に、「たま」は500台の生産許可が出たそうです。

たま電気自動車 リヤシート
こちらは跳び箱の台ではなく、「たま電気自動車」のリヤシート。取り外し可能です。

「たま」は、取替え式鉛酸バッテリーを使い、出力は3.3キロワット、最高時速は35キロでした。航続距離65キロの同車は主にタクシーとして利用されました。乗用車のほかに小型トラックのタイプも作られています。

当時、たま電気自動車は商工省の走行試験において、カタログ記載の数字をはるかにしのぐ最高時速35.2キロ、航続距離96キロを達成しました。田中さんによると、走行試験の日は走行試験のメンバーたちで夕方に宴会が設定されていたものの、「たま」が予想以上に成績がよく、宴会が始まっても走り続けていたのだそう。

この「たま電気自動車」のDNAは、この後、プレーリーEV、ハイパーミニ、そして日産リーフと着実に受け継がれています。


これから開催される「the new action TOUR」では、この再生されたたま電気自動車も合わせて展示される予定です。60余年の月日を越えてよみがった、たまは、皆さんとのご対面を楽しみにしています。

どうぞご期待ください!

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